第3話「アルマンシアの人々」

 

 巨大なハンマーを肩に乗せたまま、少女は仁王立ちで倒れた少年を見下ろしている。少女は小柄で腕も細く、それほど力があるようには見えなかったが、先程の一撃は見事なものだった。もし、自分が食らっていたら二度と立ち上がれないかもしれない、とタライムは内心ぞっとした。

「マ、マスター!? お気を確かに!」

「ハッハッハッハ! ザマーミロってんだ!」

 二匹のエレメンタルが少年の傍までやって来る。うつ伏せのまま痙攣していた少年は、やがてふらふらした足取りで立ち上がった。

「……痛いぞ、ユリ」

 振り返った少年が涙目になって言う。少年が腕を小さく回すと、二匹のエレメンタルはゆっくりと姿を消していった。

「ダンが悪いんでしょ! 誰でも見境なく攻撃するのはやめなさいって、いつも言ってるじゃない!」

 ユリと呼ばれた少女は少年−ダンという名前らしいが−に向かって怒鳴りつけると、タライム達の方に向き直った。

「すいません、お怪我はありませんでしたか? うちのダンが迷惑をかけたみたいで……」

 ユリが申し訳なさそうに頭を下げる。

「ああ、いいって。とりあえず話のわかりそうな人がいてよかったぜ」

 それを見たタライムは手にしていた剣を背中にしまった。レオナも握っていた銃を腰のホルダーに戻す。

「こいつらは部外者だ。謝ることなど……」

 ダンは不満げにそう言ったが、ユリが再び頭上にハンマーを構えたので慌てて口をつぐんだ。

「弟は島の外の者に対して敏感なんです。実際に色々と争いもありましたし……悪気はないんです。わかってあげてください」

「気にすんなって。そうだ、代わりと言っちゃなんだが、今度俺と食事でも……」

 タライムがそこまで言いかけたその時、タライムの右足からわずか数センチのところに銃弾が撃ち込まれた。

「惜しい、外れちゃいました♪」

 右隣にいたレオナが銃を握り締めながら、にっこりと笑顔を見せる。

「……惜しいって、お前、マジで当てる気だったんじゃ……」

「一発くらい当ててもバチは当たりませんから♪」

レオナは相変わらず笑顔のままだったが、その笑顔の奥に溢れる本物の殺気をタライムは十分に感じ取っていた。タライムの首筋を嫌な汗が伝う。

「そ、そうだ! 俺達、道を聞こうと思ってたんだよ!」

 これ以上この話題が続くのは危険だと感じたタライムは、慌てて話題を逸らす事にした。

「ほら、この辺りって地図もないしさ。俺達アルマンシアの奥まで行こうと思ってて、それでそいつに道を聞こうとしたんだが、いきなり攻撃されちまって……」

「そうだったんですか。でも、もう日も暮れますし、夜にアルマンシアの森を歩くのは危険です。とりあえず私達の村で一泊なされてはいかがですか?」

 ユリの提案に、タライムとレオナは顔を見合わせた。

「いいのか?」

「大丈夫です。お二人は敵意もないみたいですし、何よりダンが迷惑をかけてしまったようですから」

「俺は反対だ」

 ユリの提案にダンがすかさず反対する。

「見ず知らずの部外者を村に入れるなんて……」

「元はと言えば、あなたが迷惑をかけたせいじゃない」

「俺は当然の事をしたまでだ。部外者は島から排除するのが一番正しいやり方だ。油断すれば奴らはそこから付け込んでくる。他の村でもコルムの奴らに騙された人は大勢いるんだ。こいつらが平気だという確証はない」

「ダン……」

 ユリが困ったような顔でダンを見つめる。だが、ダンは一歩も譲る気はないようだった。

「おいおい、あんまりお姉ちゃんを困らせるなよ」

 タライムもダンをなだめようと声をかける。だが、ダンは無言のままタライムを睨み付けた。

「わかったわかった。じゃあ、こうしよう。武器は全部お前に預ける。丸腰なら構わねぇだろ?」

「丸腰の貴様らを俺が襲ったらどうする?」

「ダン!」

 ユリがダンを叱りつけようと声を上げるが、タライムは手を軽くあげてそれを制した。

「そんときゃそん時でどうにかするさ。とにかく、丸腰の人間が二人いたって何も出来やしねぇだろ? 万が一、俺達が変な真似をしたらお前が攻撃すればいいだけ。それとも、丸腰の二人に勝てる自信ねぇのか?」

「……好きにしろ」

 タライムの言葉に、ダンは渋々納得したようだった。

「ほい、交渉成立」

 タライムが背中にあった二本の剣をダンに手渡す。レオナもホルダー付のベルトを外してダンに預けた。

「では、ご案内します」

 ユリが先頭に立って歩き出す。すぐ後にダンが、少し遅れてタライムとレオナがそれに続いた。

 

 

 歩き始めてから数十分後、タライム達の行く手にぼんやりとした明かりが見えてきた。

「あれか?」

 タライムが前を行くユリに尋ねる。

「はい。人口50人くらいの小さな村です。特に産業とかもなくて、農業中心ですね」

「農業中心ですか……のどかそうでいいですね」

 レオナが嬉しそうに微笑む。産業が発達しているコルム大陸では、農業中心の地域は珍しい存在になりつつあった。

「はい。コルム大陸に比べれば色々不便だと思いますけど、村の人達は皆、暖かくて優しい人ばかりです」

 ユリが声を弾ませる。言葉の端々から、彼女が自分の村を愛しているのだという事が強く実感できた。先程まで警戒心を剥き出しにしていたダンも、ユリの話している間は若干和らいだ表情を浮かべていた。

「さぁ、着きましたよ」

 村の入口に立ったユリがタライム達の方に振り返る。と同時に、タライムとレオナも立ち止まって村の様子を眺めた。コルム大陸にある、レンガなどの石造中心の建物と違い、木造の建物が多く立ち並んでいる。農業中心の言葉通り、村の周りには田畑が広がっており、間に引かれた水路からちょろちょろと水の流れる音が響く。周りには工場なども一切なく、家の中から聞こえる話し声と、虫のなく音だけが二人の耳に聞こえてきた。

「……なんか、いいですね。こういうの」

「そうだな」

 レオナの率直な感想に、タライムは素直に同意した。

「では、二人ともどうぞこちらへ」

 ユリがそう言って村の中へと入っていく。タライム達もその後に続いて村の中へと足を踏み入れた。

 

第3話 終